こだわり

生産する側と消費する側の理想的な関係

新興塾の視察研修で京都を訪ねたとき、京野菜を作っている樋口さんという農家に伺いました。
 
この方は土からこだわった野菜を作って京都の料亭に出荷する人なのですが、あるとき交通事故かなにかで腰を痛めてしまい、農作業が出来なくなってしまいました。
すると、樋口さんから野菜を仕入れている料亭の人たちが「樋口さんのところの野菜でないと舌の肥えたお客さんたちが納得しない、自分たちも困る」と、農作業を手伝いに来たそうです。
樋口さんは動けませんでしたが「アレをやれ、コレをやれ」と指示を出し、無事に植え付けは済みました。
 
作る野菜そのものが料亭の人たちから信頼され、必要とされていることはもちろんですが、樋口さん自身もまた、料亭の人たちにとって只の『生産者』を超えた存在なのでしょう。
樋口さんは変わった方で「自分の野菜がどういう風に料理されているのか食わせろ」と料亭に現れたり、「そんな使い方するんなら、ウチの野菜は卸さねぇ」など、強気で頑固な面もありつつ、とても人情味のある方で「どんな野菜をどんな風に使いたいのか?」、「じゃあ、その野菜をウチで作ろう」と、親身になって相談に乗ってくれる人情味も持ち合わせた方です。
料亭の人たちからも「こういう野菜を作って欲しい」、「これ味悪いから、ちょっと変えられないだろうか?」といった声が返ってきて、単なる『生産者』と『消費者』以上の相互関係が成立します。両者はとても理想的な関係といえるでしょう。
 
京都という土地には長い歴史があり、観光客も多く訪れます。京野菜などの伝統的な食材があり、それを料理する料理人と、場としての料亭があります。そういった相乗効果の中で樋口さんと料亭の人たちとの関係も成り立っているのでしょう。
一方、ここ長野県松本で考えてみると、もちろん松本にも歴史はあり、観光客も食材も料理屋さんもありますが、京都のそれとは全く別物ですし、規模にも違いがあります。しかし、だからこそ全く同じ状態を目指す必要はなく、この土地なりの理想的な生産者と消費者の関係を目指すことが出来ると考えています。

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